【検証】 ラーメン Walker 福岡・九州

ラーメン Walker 福岡・九州 の情報を検証して、おすすめのラーメン屋さんをご紹介します!

九州ラーメンは、どうやって生まれたか?(九州ラーメンの系譜図)

九州ラーメンは、久留米、博多、長浜、熊本、鹿児島の各ラーメンに分類され、別格として長崎ちゃんぽんがあります。

 

この九州ラーメンのルーツを九州ラーメン研究会の原達郎さんの著書を基に紹介したいと思います。

 

昭和12年久留米の[南京千両]という屋台で誕生した九州ラーメンは、いまや全国(海外にまで)で食べられるラーメンになりました。

 

時代としては、日中戦争が勃発し、日本軍が当時の中国の首都・南京を占領したことにちなんで、「占領」を「千両」に変えて屋号を命名した屋台が「南京千両」だったということです。

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(参照:九州ラーメン物語より)

 

 この情報は、平成10年2月25日に出版された「九州ラーメン物語:原 達郎 著」を基に書いています。

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南京千両@久留米

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昭和12年、南京千両(宮本時男さん)が営業を始めました。南京千両は、いまでも久留米で営業を継続しています。

 

三九@久留米

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昭和12年から10年後の昭和22年に屋台「三九」(杉野勝見さん)の営業を開始。豚骨を入れた鍋をうっかり煮立てさせてしまい、白濁したスープが生まれた。この屋台「三九」のスープが、九州ラーメンの源流になっていきます。

 

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今はもう閉店していますが、最後は大善寺駅近くに店舗がありました。豚骨ラーメンの源流を味わいたいと思い、2005年に食べに行ってきました。近くには権現塚古墳があります。

 

麺は、中太で少し軟らかめに茹でられていた。豚骨とはいえさらっとしたスープでまろやかな味でした。

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三九の白濁した豚骨ラーメンは久留米がルーツです。この白濁スープが伝授され九州各地に広まっていき、現在の九州ラーメンが完成されていきます。

このことは、横浜ラーメン博物館のホームページにも紹介されています。

 

杉野さんはその後、屋台「三九」を四ヶ所日出光さんに譲り、北九州の小倉に移転し「来々軒」を開いています。 

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現在は福岡県北九州市小倉北区宇佐町1-5-14で営業を続けています。

http://www.r2k.jp/rairaikenn.html

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屋台「三九」を譲り受けた四ヶ所さんは、屋台では物足りず久留米でラーメン店を開き、続いて玉名にも中華そば専門店「三九」をオープンした。

 

開店間もなく、 「玉名にうまい食べ物がある」と聞いた青年3人が熊本市からやってきました。その中の一人で山中安敏さんは「こむらさき」を創業し、木村一さんは「松葉軒」を立ち上げ、重光孝治さんは「味千」を開店した。これが熊本ラーメンのルーツとなっているそうです。

 

「三九」玉名店は、わずか3~4年で店をたたむが、そこでラーメン作りの腕を磨いていた少年、中村敏郎さんが玉名市高瀬で開いたラーメン店が老舗「天琴」です。

(熊本日日新聞:玉名ラーメン物語より)

 

四ヶ所さんは、佐賀に移り味を変えずに「三九」を営業していたが、2013年8月19日に火災を起こし焼失した。

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店主は、ご無事だったようです。

 

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